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先の見えない人生に恐怖していた『ともぞー』とは?

プロフィール
ともぞー
ともぞー
こんにちは!

みなさん、こんにちは!ともぞー(@tomozo_2018)です。

あなたは、先の見えない人生に悩んだり、不安を抱えたりしていませんか?
僕は、本当に人生の先行きが不安で恐怖していました。

ただ何となく漠然となのですが・・。

「給料は上がらない」「家庭が上手くいかない」「楽しい事が何もみつからない」いろいろな悩みにモヤモヤしていました。

 

悩んだ人

 

 

 

こんな人に読んでほしい
  • 人生の先行きが不安な人
  • 目の前の壁を乗り越えられなくて行き詰まった人
  • 自信が無くてストレスに弱い人
  • 過去にイジメられた経験のある人
  • 他人が羨ましい人
  • 自分の安月給に満足できない人

 

僕のようなダメ人間でも人生を変えられるチャンスがあったので

少しでも「幸せに生きれるようになるんだ!」「一歩踏み出すきっかけになった」と思ってもらえたら嬉しいです。

 

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記事の信頼性

この記事を書いている僕は、「人生の先行き不安だ・・。とただボヤいているだけの平凡で冴えないサラリーマン」でしたが、

ある仲間たちと出会ってから、毎日やりたい事がありすぎて時間を買いたいぐらい。それと、ちょっとした副業もはじめて、お金の増やし方もわかったし、考え方も変わりました。

 

 

 

「ともぞー」ってだれ?

ともぞー

 

 

【プロフィール】

38歳にして月収20万円➜将来が不安➜家計の見直しと資産運用➜🌟副業としてブログをはじめてみたら、世界が広がった。企業さんとのタイアップにも成功!😅僕が変わってしまった理由・・。それは、【とりあえず始めてみた】事だけ。今はゲームとメルカリでyoutubeに挑戦中!

 

みなさんと出会える場所

このブログの他にも色々と活動をしています。一年前の自分は想像もしていなかった世界です。

ブログ

このブログの他に「はてなブログ」で「TOMOZOTOWN」というブログをやっています。いちばん最初にはじめたブログです。

 

YouTube

恥ずかしながら、youtubeで声だけ出演しています。ゲームチャンネルはチャンネル登録者数350名(2019年5月)。フォートナイトをメインに、子供から大人まで楽しめる遊び場をつくっています。

そして、メルカリチャンネルはチャンネル登録者数50名(2019年5月)とても詳しくメルカリについて解説して、初心者さんでも簡単に売れる方法や、梱包のテクニックを動画でお伝えしています。

twitter

日々感じた素直な思いを即興でツイートしています。

 

人生投資家ファンクラブ

こんなに幅広く活動出来るようになったのもココのおかげです。

僕が人生をかえるきっかけになった限定動画があるので今すぐチェックしてみて下さい。
あなたの人生を変えるきっかけになれば良いと思い紹介させて頂きました。

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最近やった事

 

【ブログで企業様とタイアップ】

【ブログ企業様とタイアップ】

 

企業様(ドリコス株式会社)とのタイアップ記事を書くことが出来ました。

数年前から、「この画期的な機器はぜったい流行る」と注目していたヘルスサーバーというヘルスIot家電。

ちょうど発売時期にブログを始めていた為、「紹介する記事が書ける!」なんかタイミングに運命を感じました。

ダメ元で直接問い合わせをしてみて、実現できたこの企画です。「直接お願いするなんて、僕はバカなのかなぁ?」と思いつつも飛び込んでみてよかったです。

担当していただいた、ドリコス社員の中川さんとは密接にコミニュケーションを交わせましたし、真実の情報を届ける事ができました。

企業ビジョンなど聞くことができましたし、とても柔軟な会社で、今後の発展にも期待したいです。

【ブログコンサルで成果】

【ブログコンサルで成果】

 

ブログはじめて、たった半年で広告収入(googleアドセンス)だけで月収5000円を達成!

現在もその記録更新中。今は2万円程度になっています・・。最近は副業目的で始められるブログですが、あるコツを知らないとなかなか上手くいきません。

月収5000円?って思われるかもですが、月収5000円以上ってブログ人口の上位約5%ですから狭き門です。

ブログで5000円稼ぐだけでも大変な事なんです。

そのノウハウを活かし、「月収1000円を達成する!」を目標に、ブログ初心者の方から、ブログ始めたけど、なかなか収益が伸びない人を対象に、無料のブログコンサルをやってみました。

たった1000円?って思うかもですが、コツを掴めば収益は伸びていきますし、何もしていなくても勝手に口座にお金が振り込まれちゃう感覚を知ったらヤメラレナイですよ・・。

結果は見事達成させる事ができました!

 

ブログの実績
  1. 企業様とタイアップ
  2. ブログコンサルで収益化達成
  3. ブログ収益が毎月2万円

 

【YouTubeはじめました】

YouTubeはじめました

 

YouTubeの投稿の方法、動画の編集すら良くわからないままでスマホひとつで動画投稿をしてみました。

メルカリの梱包動画は初期の頃の動画ですが、現在でも再生数が伸びていて4000回を超えています。

自分の声の悪さ、段取りの悪さに悩みながらも、続けてみています。

ゲーム配信は、視聴者さんとゲームをやって遊び場を作っているだけですが、見に来てくれるファンと一緒にゲームをしたり、あらたな繋がりの場が発見できましたよ。

 

YouTubeの実績
  1. ゲームチャンネル 登録者350人
  2. メルカリチャンネル 登録者60人
  3. メルカリチャンネルの梱包動画が好評(再生数4000回以上)

 

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ダメ人生を暴露します

表向きは、平凡なサラリーマンだと言っていましたが、過去の人生にについてお話します。現在に至るまでの過去を知ったら・・・。

読んでいくうちに、人によっては軽蔑されそうかもですが、最後まで読み進めていただけたら幸いです。

 

夢中になりすぎて「器物損害事件」を起こした幼少期

夢中になりすぎて「器物損害事件」を起こした幼少期

 

当時の記憶は曖昧ですけど、思い出せる範囲内でお話します。遊びばかりの毎日でした。

そして、いろいろな事にも興味を持った時期かと思います。父親が高校の美術教師だった事もあって、粘土遊び、絵の具遊び、物を作る事がとても好きな子供でした。

作品をたくさん作らせてもらった記憶があります。

興味を持って解決する事の楽しさを学んだのもこの時期だったかもしれませんね。

ある冬のこと保育園の友達が持っていた視点を変えると絵柄が変化する奇妙な手袋を発見します。(「レンチュキュラー印刷」と言うものらしいのですが・・。)

内部の構造が知りたいあまりに勝手にハサミで切り刻んで破壊。親も呼び出されて、ひどく叱られたというエピソードがあります。

 

モノに執着しすぎた、少年期

モノに執着しすぎた、少年期

 

地域に子供がいる家庭が少なく、唯一の友人といえば、開業医の息子でした。

「お金持ちで、おもちゃをたくさん持っていた」それだけ、ただそれ目当てに通っていた記憶があります。

うちは貧乏だったとは思いませんが、自分がアトピーが酷く病気がちだった為、母親が添加物の入ったお菓子や食べ物を嫌い、

「ゲームやおもちゃは子供に悪影響!」お小遣いもほとんど与えないという教育方針でとても厳しかった。

市販のおもちゃは、ほとんど買ってもらえなかった。

ドラえもんや、仮面ライダーなどの戦隊モノ、ガンダムなど、テレビさえも一切見せてもらえなかった。その反動で、どんどん他人の持っているモノが羨ましくなっていた気がします。

お小遣いが少なく、母の財布などからお金を盗むようにもなってしまい、一度だけですがスーパーでお菓子を万引きしてしまった事もありました。

親としては「子供の為にやっている、普通の子に育って欲しく無い!」との思いがあったのかもしれませんが、軽い虐待かもしれませんね。

友達も、本当の友情とかではなく、おもちゃを沢山持っている子、テレビゲームを持っている子の家に行っては、恨めしそうにゲームの順番がまわってくるのを待っているだけの少年でした。

なので、その頃の友達とは現在全く付き合いがありません。

モノに執着しすぎて大切なことを失いました。

 

人生が終わったと思った、中学時代

人生が終わったと思った、中学時代

 

中学生になったら、世界が変わってしまいます。「体が小さく、髪型(毛が黒く太くてボサボサ)がキモい」と外見から始まって、いじめをされるようになります。

当時Jリーグ開幕時期で盛り上がっていて、青が好きだとの理由だけで横浜マリノスを応援するだけの少年だったのですが、

単純に「サッカーをやってモテたい!」という理由だけで部活はサッカー部に入りました。

初恋は、その時だったかなぁ。ヴェルディ川崎が好きだという話で盛り上がり、校内ではカワイイと評判の子にダメ元で告白して付き合う事になったけど、付き合ったとは言わないような恋でした。笑

入部すると、サッカーを小学校からやっている奴らはスポーツ少年団というクラブに入っていて派閥ができていました。

中学から入ってくる僕みたいなのは、いじめの対象になりやすかったのかと思います。先輩からも同級生からも、いじめのネタにされ、毎日走らされるだけの毎日でした。

クラスでも、いじめにあい、ひどい時は学校に行くとめまいがして、目の前がブラックアウトして倒れた事もありました

先生たちも守ってくれる大人はおらず、「学校には、もう絶対行きたく無い!」と不登校が続きました。

「もう、卒業は無理ですよ」とまで言われるようになり、両親も必死にどうしたらいいか考えたのでしょう。

そして、環境を変えるとうい手段をとったのだろうと思います。山梨県の過疎の村に「山村留学」と言う制度があることを両親が新聞でみて、行ってみる事にしました。

都会から、不登校になった子だけではなく、田舎に行って何か学ばせたいという親の思いがある子たちが集まりました。

僕も「今の学校は行きたく無いが、卒業だけはしないと」と言う気持ちがあったのだろうと思います。

岐阜から遠く離れた山梨県で寮生活をする事となりました。親も大変心配だった事だと思いますが、今となっては、感謝の気持ちしかありません。必死に考えてくれた結果でした。

田舎の子は純粋で、先生たちも心が優しい人たちばかり、寮では一番上の高学年だったので、いじめられる事もなくなった。

もう一人、東京から来た同級生がいました。

彼は勉強がとても良くできて、親が人生経験の為に入れただけだったので、早く地元に帰りたいと言っていました。

僕は地元の事は忘れ、寮生活だったけど、とても生きやすかった。それなりにサッカーをやっていた事だけあって、クラスでは少しだけ人気ものでしたよ。

同じクラスの女子に告白された事もあったんですよ〜。手紙をもらって。

イキイキしすぎて復活し始めます。寮では少し悪いこともするようになってしまいます。男子を連れて、女の子のお風呂を覗きに行くなど、バカな事もした記憶があります。

しばらくして、寮で同級生だった奴が地元へ帰ると言って戻って行きました。僕も自信がついたのか、地元へ帰る決意をします。

地元の学校へ戻って、「いままで何していたのか、なんて説明すりゃいいのか?」とも考えましたが、それ以上に帰って再スタートする!といった気持ちが強かった気がします。

そして、なんとか中学を卒業する事が出来ました。

ですが、やはり行ける学校なんて無いって言われていたので偏差値の低い高校へ進学する道しか残っていませんでした。

ものづくりが好きだった事もあって、当時、偏差値が低かった不良ばかりの工業高校へ進学します。

 

「アレ?もしかしたら、イケるかも?」と感じた、高校時代

「アレ?もしかしたら、イケるかも?」と感じた、高校時代

 

クラスのほとんどが不良生徒、卒業後は進学する人の方が少ないくらい。そんなに頭が良くなくても、それなりに勉強しておけばテストの成績はクラス上位、学年上位になりました。

それで、何かに気づいたのかもしれません、「アレ?もしかしたら、イケるかも?」

ですが、たまには中学生の頃の引きこもりがちの悪いクセが出てきて休んだりもして適当に過ごしていました。

良かったのは、気にかけて家まで寄ってくれるようなヤツらもいたので、今思えばそれで引っ張ってもらったようなものです。

その時の友人にギターをやっていたヤツがいて、そこからバンド音楽に目覚めました。ギターは目立ちすぎるので、恥ずかしい僕はベースを弾いてました。

その頃はバンドがブーム「バンドやろうぜ」って雑誌がバイブルでしたね。

タバコを吸うヤツ、酒を飲むヤツも周りに沢山いましたが、別に染まることも無く・・。

「就職するなら大学は出ておかないと」と思っていた僕は、何かチャンスを狙っていました。

危険物の資格など、学校でも評価が良くなる資格取得に夢中になりました。そして、生徒会に立候補して、全校生徒の前でスピーチ。生徒会員になるなど今考えると自分でも何をやっていたのか意味不明ですw

内申書のポイント上げを狙って、見事に学校推薦枠を獲得します。私立の大学でしたが筆記テストは無く簡単な面接だけで入学してしまいました。

 

大学時代は、車と不純な性生活にあけくれる

大学時代は、車と不純な性生活にあけくれる

 

大学へ進学すると、勉強もちゃんとやってましたが、免許をとってからというもの車の改造やレースにのめり込みます。

バイトで稼いだお金は車の改造費につぎ込み。夜な夜な山道で暴走行為。レース場へ行ったりと。

今思えば、全く無駄な金と時間を使ってしまったと後悔しています・・。

あとは、女性関係絡み・・。

大学デビューてヤツです。高校は男子校ですからね。

最初に付き合った子は、何かオットリしていて、免許取り立てて車に乗せてもらってドライブに行ったんですが、お店から出る時に、ドライブとバックを間違えて、後ろの車に「ガッシャーン!!」

良く見たら、めちゃくちゃ完全なヤンキーの車で、降りてきてめちゃめちゃ口論になったのを思い出します・・。

不運なんてこんなにも重なるのね・・。

そして、初体験は、年上の先輩でしたか。何も知らない僕に・・。(これ以上は自粛しますww)

あと当時、インターネットのチャットが流行っていて、それで知り合った大阪の女の子の家に転がり込んで数日間泊まり込んだり。完全エロ目的。

神戸や大阪、京都あたりでしばらく遊んでました。懐かしいです。手軽なインターネットでの出会いも多かった気がします。

当時30代くらいの人とも不倫関係になったり、何にも考えてなかったバカ野郎です。

今考えるとゾッとしますよ。当時は全然悪いと思っていなかった。その他、1日限りとか・・。

まったく最低な男だったですよ。なんでか良くわからないけど、かなりモテていた気がします。バカな大学生活だったと思います。

なんか人生をナメてた気がします。「みんなと一緒、平凡なサラリーマンになんかなりたくない!」みたいな、バカな事思ってました。

卒業を控え、方々で就職活動が活発になると、「サラリーマンなんかダセェなぁ」なんて思ってた気がします。

大学では太陽光電池の研究をしていたので、将来は新エネルギーが伸びてくるなんて勝手に思ってました。

そこから就職先が、思わぬ方向に・・・。

 

中途半端に夢を追いかけて、転職は4回【1社目:小さな風力発電機メーカー】

中途半端に夢を追いかけて、転職は4回【1社目:小さな風力発電機メーカー】

 

大学生の頃、車好きだったせいもあって、当時では先進的だった電気自動車のクラブに自ら飛び込んでみました。

「何か面白い事がないか?」「いい就職先と巡り合わないか?」と探してました。クラブの代表は東大卒のおばさんで、発想が異様で面白かったと記憶してます。

いろいろなイベントにも参加させてもらい、無償でいろいろな手伝いもさせられました。笑

免許取り立てなのにレンタカーでトラックを借りて、大阪の電気スクーターを作っているメーカーさんに、車体を取りに行って販売する仕事とか、色々。

そんな、電気自動車クラブの紹介で、家庭用の小型風力発電機を作っている人たちがいると紹介され、新しい事業に興味があったし、安定的な会社を選ぶより、面白いだろうし、

うまくいったらたくさん稼げるかもしれない!と、よく調べないまま、半ばギャンブルのような気持ちで就職してしまいます。

社長はもうすでに70歳近く、以前は半導体検査機のメーカーをエンジニア兼、社長として勤め上げ、会社を売却した資金で、小さな風力発電機メーカーを作ったそうです。

自家用ヘリコプターも自分で操縦し、とてもバイタリティー溢れる人でした。この人から直接学べば、自分も成長できるはず!手取り足取り教えてもらいましたが、

開発はうまくいかず。入社前は「台風が来ても壊れない風車」と言われ、真面目に信じ込んでいたのですが、台風が来るたびに壊れ、修理工事にばかり行っていました。

最初は耐えていましたが、ある日、民家の密集する地域に試験的に設置する話になり、試験を民家の近くでやるなんて、言語道断。

社長と大喧嘩になり退社する事となります。

それ以来、会う事もなくなりました。奥様とは年賀状を交わす程度、2年くらい前から送る事もなくなり、もう亡くなられているかもしれません。

最後は喧嘩して終わってしまいましたが、経験を色々とさせてもらったのに逃げるよな形で終わった事、もう少し考えたら別の方法があったのかも?と言う思いが残っています。

 

【1.5社目:服屋でバイト】

【1.5社目:服屋でバイト】

 

後先考えず辞めてしまったので、ボ〜ッとしている訳にもいかず、同級生が店長を務める、ショッピングセンターの衣料品店で働き出しました。

毎日、服をたたんだり、接客したり・・。

自分はいったい何がしたかったんだろ?っと考えながら。でもここでは、プロの洋服のたたみ方がマスターできましたよ!

 

【2社目:電気自動車とスポーツカーのカスタマイズショップ】

【2社目:電気自動車とスポーツカーのカスタマイズショップ】

 

この会社は、僕が辞めたあと事件を起こし、一度潰れかけていますので、調べればわかってしまうかもですが・・。

車が好きだった事もあって、1社目に就職する前に入社試験を受けたのですが落ちた会社です。

メインは、ある自動車メーカーのスポーツカーをカスタマイズする会社で、当時はとても有名でした。電気自動車も作っていた事もあり、それにも魅力がありました。

入社試験を受けたころは、そこの技術部長さんの考え方や仕事ぶりに惹かれていました。ダメ元でもう一度、門を叩き、入社。でもすでに現状は変わっていたのです。

入社時の説明では、その部長さんは「有名自動車メーカーに出向中ですぐに戻って来る」って話だったんですが・・。

どうも退社した様子・・。そして、次から次に仕事を押し付けられます。帰宅は朝の3時、出社は朝6時とか、いわゆるブラック企業でした。

転職してきて1週間で辞めて行く人が珍しくないような会社だったんです。社長はワンマンでした。残業代も一切支払われる事はないし、日に日にノイローゼ気味に。

だいたい、ここで鬱になる人がいると思いますが、辞めるのに慣れていたのか、躊躇なく辞めました。

その後、あの事件を起こします。 辞めなくても潰れていた。

 

【3社目:小型太陽光発電システムメーカー】

【3社目:小型太陽光発電システムメーカー】

 

3社目は、1社目の会社に出資していたところです。社長さんが、「ぜひ来て欲しい!給料も多めに払う!」という契約でスタートしました。

小型の太陽光発電システムを開発して、家庭用でバッテリーを積んで災害時とか遠隔地で電気を使えるといったコンセプトのものです。

これは、今も継続して販売されています。そこそこ軌道に乗った段階で、急に「君だけ特別扱いできない!」とか言い出して、給料を下げられます。

さらには、最初やりたかった太陽光の「開発は辞めて、本業の方をやって欲しい!」と言い出しました。

なんだか先が思いやられ、地元から遠く離れた地域で一人暮らしでしたし、当時付き合っていた、今の奥さんの事、将来も考え地元に戻る事としました。

 

【4社目:地元の小さな機械加工メーカー】

【4社目:地元の小さな機械加工メーカー】

 

今は地元の小さな機械加工メーカーで、機械設計の仕事をしています。

自分のやりたい事もありますが、今までのような冒険をせず、ある程度安定しているところ、賞与も払ってもらえる会社を選びました。

義父が就職していた事もあり、確実な情報でした。何か自分が大きく成功する夢を見て、いろいろな会社を転々とした挙句、何をしていたんだろう?と思ってしまいます。

収入でいったら、高卒で就職したヤツ、大学から就職していったヤツ、はるかに抜かれ、給料の話をしたくありません。

転職がレベルアップではなかった自分は、38歳にもなるのに、手取り20万円、奥さんが看護師をしていて共働きだから生活が成り立っているだけ。

 

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結婚は、人生のゴールではない

結婚は、人生のゴールではない

 

転職4回目のきっかけが、「地元に帰ってある程度安定した仕事につこう!結婚もしたいし!」だったけど、

その一方で、仕事に関しては、なんか色々諦めたというか、これ以上やっても上手くいかないんじゃないかという気持ちもあったような気がする。

結婚して、新婚旅行はヨーロッパを旅して、まさに幸せの絶頂だった。あぁ結婚てすばらしい。いま思えばアホだと思う。人生そういう時期もある。

でも、そこから景色が一変していく・・・。

 

高級腕時計で全てが台無し

高級腕時計で全てが台無し

 

長男ができ、なんかの雑誌で見たのかなぁ?「子供にも将来受け継ぐ、一生モノの時計を買おう!」そんなキャッチコピーだったかもしれない・・。

昔から時計が好きで大人になったら、一流の機械式時計が欲しかった。一部上場企業に勤める大学時代の友人と時計屋をまわった。

彼は当時、会社の先輩から教わったFXの取引ででめちゃくちゃ儲けていて、パネライやらベル&ロスといった有名高級時計を何本も持っていた。

時計店にいって、時計をはめてみると、興奮で目がギラギラしていたと思う。ブライトリングというメーカーのクロノマットって時計が欲しくて。「あぁ、これが手に入るのか・・。」

「無金利ローンも使えますよ!」なんて甘い言葉にも誘われそうになる。

カタログをもらってきては、「よし、これ絶対買う!」なんて思って毎晩カタログを眺めていた。

ある日、そんな僕の行動を不審に思ったのか、奥さんがカタログを見た。

「あなたは、この子供が生まれそうな時に、なんでこんな高いもの買おうとしているの!」

まぁ、ごもっともである・・。

あんたとは価値観が違う!となるのでしょう。 これをキッカケに、不のスパイラルが始まった。

 

妻が実家へ引きこもる

妻が実家へ引きこもる

 

長男が生まれると、奥さんが自分の実家へ入り浸るようになる。

まだ1歳の子供を連れ毎日実家へ車で行き、義理の両親も奥さんを呼び寄せるようになる。

それを良く思ってなかった、僕自身と僕の両親がいた。

「結婚したのに何なの・・。」そんな時である、実家通いを続けていたある日、奥さんが子供を乗せたまま交通事故を起こす。

僕も、僕の両親もブチギレ。喧嘩となり、奥さんは「実家へ帰る!」と別居生活がはじまった・・。

 

5年間の別居生活

5年間の別居生活

 

2年が経ち、それでも帰ることが無かった。「よく我慢してるよな、早く離婚しちゃった方がよくない?」そんな友人もいた。

自分でも何でただ待ち続けていたのかわからない。

めんどくさかったのかなぁ?まぁ一つ言えるとすれば、長男の笑顔だったかも。自分の両親が、こんな状況であるなんて知りもしない。たわいもない笑顔だった。

奥さんは、半ばヒステリーだったかもしれない。たまに会っても向こうから掴みかかって言い争いになる。

今でも忘れもしないが、そんな時、たった2歳だった長男が、掴みかかってきた奥さんの方が悪いと果敢に立ち向かって行ったのである。

その時ばかりは、僕もこらえきれなくなり、ボロボロと涙を流して泣いた。

何でこんな状況になるんだよ・・。

幸せな家族生活を夢見ていたのに・・。

今まで起こってきた悪い事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。中学生の頃のいじめから始まり、全ての悪い事が・・。

何で自分だけ、何で自分だけ幸せな生活を送らせてくれないんだよ・・。神様・・。

仕方なく、少しでも近くなるなら状況が変わるかもしれないと奥さんの実家に近いマンションに引っ越す事を決意、この生活は5年続く事になった。

 

長男が僕を「ともくん」と呼ぶワケ

長男が僕を「ともくん」と呼ぶワケ

 

別居生活が長かったものだから、長男は今でも僕を下の名前で呼ぶ「ともくん」と。

「お父さん」と言う呼び方が不自然なんだと思う。

小さい頃、向こうの実家で育ったので、そっちの家の中では「ともくん」だったのだろう。悲しい話である。

それでも帰って一緒に生活する事がなかった、もう長男も保育園では年長になる5歳まで。

 

妻の実家の隣に新築したけど、ダメかも?

妻の実家の隣に新築したけど、ダメかも?

 

そんな状況でもあるに関わらず、家を建てようと言う話になる。しかも、今度は義理の両親の家の隣に・・。

普通では考えられない話。うちの両親、親戚中からは猛反対だった。

もう、世間体とかなんかどうでも良くなっていた。アホな話だが隣に家を立てれば、いくらなんでも戻ってくるに決まってると思った。

そして家を新築しました。

それで、今の生活どうなってると思います???

半分住んでて、半分住んでないです。 ここまでくると、笑い話ですよ。はははっ

共働きと言う事もあるんだけど、 夕方帰ったら、新築した家で夕飯を食べてお風呂に入ったら、隣の実家へ子供2人と奥さんは帰って行ってしまい、そっちで寝る。

朝は、一切顔を合わさない。 こんな生活です。

まぁ考えられない話ですよ。普通では。なので、子供が生まれてから、子供と一緒の布団で一度も寝た事がありません。

単身赴任で海外に行ってしまう、お父さんの話とかをテレビで見た時に、こんなカッコいい状況じゃないけど、

その人たちを思ったら同じ状況だし、すぐに子供とは会えるんだからいいかな?って思って気分を落ち着かせた事もあります。

ですが次男は、完全な別居状態でなかったからなのか、「お父さん」と呼んでくれます。その「お父さん」と言う言葉がどんなに嬉しかったかわかりません。

 

お金を増やそうと思った本当の理由

お金を増やそうと思った本当の理由

 

家庭環境も複雑、仕事も上手くいかず給料も上がらない。

「何か人生を変えたい!」と思っても、ただぼーっとモヤモヤして、愚痴を言うだけの人生でした。

ある日、古本でも買って読んでみようかと、目的も決めずブックオフへ

それほど興味もなかったのですが、菅下清廣著「今こそ「お金の教養」を身につけなさい 稼ぎ、貯め、殖やす人の”37のルール” 」という本を買いました。

「お金の教養」というキーワードに惹かれたんだと思います。お金に対する考え方が変わる最初のきっかけでした。

それから、横山光昭著「はじめての人のための3000円投資生活」と言う本に出会います。家計を見直し、節約して資金を捻出し投資(ノーロード インデックス型投資信託)に回す。

お金で、お金を増やすことを学びました。 様々な情報を得て実践し、少しでも明るい未来へ、一歩ずつ近づけるようになった気がしました。

資産運用は、「投資信託」 にて順調にお金が増えていくと・・。

人間はダメですね。そうすると欲が出てきます。もっと儲かるものは無いのか!と考えるようになる。

そこで、株式投資にも手を出し始めます。大損はしていませんが、うまく増えていかなかった。

ヤフーの掲示板に翻弄され、メディアで有名だったウルフ村田氏の推奨する株を買ってさらに大失敗・・。

そんなとき、YouTubeで情報を探していると、ある一つの動画と出会います。それが人生投資家チャンネルの【人生投資家Program】でした。

喋っていたのはエデンという謎の人

最初は怪しいと思って、話半分くらいでしか聞いていませんでした。

だけど株の事だけではなく、人生についての考え方に心を動かされました。

そして、何でこの人は有益な情報を熱心に語っているんだろう?って思い、その真意について知りたくなりました。

 

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実を言うと、最初にお金を増やそうと思った頃は、確かに今の会社の将来性が不安、なんとなく生活が不安と言う事もあったかもしれませんが、

「投資で大金を手にしたら、家のローンを全て払って、こんな生活から抜け出して、離婚してどこかへ行ってしまおう!」だったのかもです。

でも、なんとなく生活を続けているだけですが、子供達もいろいろ意見が言えるようになり、意思疎通が取れるようになると、ますます掛替えのない存在となることに気づきました。

そのような気づきも全て、エデンさんの発信していた【人生投資家Program】から学ぶ事ができました。

そしてエデンさんの語る言葉に熱心になり、僕は返信がない一方通行の感想を送ったりしていました。

そんな時一通のメール返信が届く「人生投資家ファンクラブの会員募集」

なんだか怪しかったんだけど、とりあず入会してみたら、エデンさんと会話させてもらう機会や、同じような悩みを持った仲間と出会いや

平凡に暮らしていたら知ることはない知識など、先が見えない人生が180度変わりだしました。

1年前、2年前の自分とは明らかに変わっている気がします。

ブログやツイッター、今ではYouTubeを始めたのも、エデンさんとの出会いがきっかけです。

 

今後も「とりあえず始めてみる」でチャレンジ!

今後も「とりあえず始めてみる」でチャレンジ!

 

いろいろ始めた僕ですが、それでも最初は失敗したらどうしようと悩みました。だけど、失敗したっていいじゃない!っと、そっと背中を押してくれたのも、

【人生投資家Program】エデンさんの影響です。そして「とりあえず始めてみる」をやり続けただけです。

喋って人に伝えという苦手分野。ハードルの高かったYouTubeもとりあえず始めてみました。

ヒカキンさんのように、大物になれる気はしませんが、ブログだけでなく動画の良さも実感できました。

メルカリは、ブログを使った文章の説明よりもわかりやすく伝えられたと思います。簡単な梱包の動画を上げていますが、もっと内容は広げられそう。

メルカリもお金を稼ぐ事の第一歩としてとりあえず始めてみました。その経験をメルカリ初心者さんや、うまくいかない人に発信していきます。

そして、ゲーム配信では、毎日会話のやり方を鍛えられていて、支えてくれるファンとも出会えました。

今ではそこそこ喋っていますが、最初は無言だった時期もあるんですよ・・。笑

 

今後も「とりあず始めてみる」を続けます!

 

↓あなたも「とりあえず始めた」ら人生変わるかもです。

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